三菱 八七式軽爆撃機(2MB1)

陸軍:大正15年初飛行、昭和3年準制式採用、昭和5年生産終了

八七軽爆
八七式軽爆撃機

 主力機を外国からの輸入機(外国機の日本国内ライセンス生産含む)に頼っていた陸軍において、国産設計機 への転換点となった機体。
 大正14年(1925年)に軽爆撃機の競争試作を三菱・中島・川崎の3社に指示したとき、三菱を除く各社 はそれぞれ外国機の改良型を提出した。三菱は海軍に納入した 一三式艦上攻撃機の設計を元に発動機を ネピア製からイスパノスイザ製へ変更し、燃料タンクを約1.6倍に拡大した機体を、中島はフランス製の ブレゲー19B2を、川崎はドルニエ社のDo.Cコメートをそれぞれ提出して、陸軍が研究用に輸入していた フォッカー型機も含めて審査を行った結果、三菱機が「若干旧式ながら操縦性能が良く、陸軍が出した要求(に 最も近い)性能を満たしている」として準制式採用となった。
 ちなみに、ベースが海軍機であったため主脚を双フロートに換装することで水上機としても使用可能だったほか、 爆弾のかわりに胴体下面や内部に増加燃料タンクを装備することで長距離飛行を可能としており、鹿児島〜台北間 1420キロの無着陸飛行記録を達成している。
 満州事変初期の匪賊討伐などに使用されたが、その後川崎の 八八式偵察機が爆撃任務も兼ねるよう になったため機種統合の意味もあって昭和4年度末に生産は終了した。

機体詳細データ(八七式軽爆撃機[2MB1])
全長10.00m全高 3.60m
全幅14.80m翼面積60.00m2
自重1,800kg最大重量3,300kg
最高速度185km/h(海面高度)上昇限度4,275m
航続距離 420kmプロペラ固定ピッチ2翅
発動機「イ」式四五〇馬力水冷V型12気筒 公称450馬力×1基
乗員数 2名総生産機数 48機
武装7.7ミリ機銃×4(前方固定2、後方旋回2)、爆弾最大500kg
主要タイプ 八七式軽爆:生産機少数のため派生・改良型は無し